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私はこうしてフリーランスになった:1|起業という選択肢があるよ

「どうしてフリーランスになったのですか?」
「起業して一人でビジネスをしてるなんてすごいですね!」

個人事業主として起業してビジネスをしていると言うと、こんな風に聞いてくださる方、言ってくださる方が多くいます。

最近では「女性起業家」という言葉もよく耳にするようになり、積極的にビジネスを展開している女性が全国的に増えています。

私自身も、周りから見たら「女性起業家」の一人(はしくれ)なのでしょうが、実は元々起業したかったわけでも、フリーランスになりたかったわけでもありません。

今回は、ララクリップの運営者(代表)の私が、起業に至った経緯の第1回目。人生を変えた3つのターニングポイントをプロフィールを交えてお話ししたいと思います。

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【1】行動力はある。でも継続する力は・・・

子どもの頃は、特に目立つわけでもなく、クラスの中心にいるわけでもないごくフツーの子でしたが、自分が変わり始めたきっかけが高校卒業後の短期留学

カナダに短期留学をした時から、自分の中の何かが変わりました。

ターニングポイント(1)留学

たった1ヶ月でしたが、18歳で生まれて初めて親元を離れて、生まれて初めて一人で外国に行って、日本以外の国のスタンダードを知りました。

いろんな国の人と友達になり、いろんな価値観・生き方を知り、言語以上のものを学びました。

この時「日本のスタンダードが全てではない。考え方や選択肢は無限にある」ということを肌で感じました。なんか、めっちゃかっこいいこと言ってますね。笑

この初めての留学を皮切りに、行動力が人並み以上に跳ね上がったと思います。

留学や旅を通じて世界中の人と知り合うことに魅了され、バイトや仕事で得たお金は全て海外渡航用に貯金。

英語の専門学校を卒業後、せっかく大学の3年次に編入したのに、大学に通うお金を旅の資金に充てたいという頑固さ(わがまま)から大学を中退。(じゃあなんで編入したんだ!とあの時の自分に言ってやりたい)

その後、英語を使いたいとビジネスホテルで働きましたが、日本で落ち着くことができず結局辞めて今度は中南米一周の旅へ。

その度に貯金を使い果たして帰ってくるので、20代半ばまでは、体を酷使してまで異常に稼いで(工場での体力仕事から夜の仕事までなんでもやりました)、異常な額を旅に費やすという極端な生活をしていました。

今振り返ると、確かに行動力はありましたが、一つの場所に留まること、一つのことを継続することが苦手で、すぐに飽きてしまったり、変化を望んでしまう傾向があり、仕事が続かないのが欠点でもありました。

【2】変化のきっかけは周りの環境

18〜25歳までの7年間は、ひたすら旅・海外・英語にお金を使いました。

女子としての楽しみは全て捨ててました。彼氏いらない。美容院いかない。洋服も買わない。食費も最低限。ほぼ毎日バイトや仕事があったので、友達との時間もほとんどありませんでした。

周りからは「すぐに海外に行ってしまう」「お金を使いたがらない」「結婚できなさそう」「もしかしてレズなの?」こんな風に思われていたそうです。イタイですね。笑

そんな中、第2のターニングポイントとなったのが、フィリピン留学のあるベンチャー企業との出会いです。

ターニングポイント(2)フィリピンでベンチャー企業

中南米から日本に帰ってきて、なんとなくつなぎの派遣をやっていた頃に、高校時代の友人の紹介であるベンチャー企業の社長さんと知り合いました。

彼は、日本の法人(会社)の代表ではあるものの、ビジネスの現場はフィリピン。フィリピンのセブ島で英語学校を立ち上げたばかりで、英語が話せるインターンを募集しているという状況でした。

そんな中、留学経験がある私に声がかかったというわけです。

でも、フィリピンなんて全く興味がなかったし、そもそも当時は2013年でまだフィリピン留学もそこまで認知度が高くなかったので、正直あまり乗り気ではありませんでした。

でも、なんとなく「面白くなりそうだな」という直感はありました。そして、日本での仕事・生活・恋愛全ての現状を変えるためにどこか遠くへいきたいとちょうど思っていたタイミングでもありました。

ゆっくり休む間もないベンチャー時代

立ち上げたばかりのベンチャー企業は、いかに少ない人数で、低コストでビジネスを大きく成長させていけるかが勝負。

初めての海外での仕事、初めてのベンチャー企業、初めてのフィリピン、最初は1日1日全ての力を使い果たし、何度も辞めたい、帰りたいと思いました。

インターンとして入ったので、最初は給料もなし。泊まる部屋こそあったものの、仕事を覚えるまでは夜もろくに眠れなかったです。その後、インターンからスタッフになり、給料をもらって働くようになってからは、仕事にも慣れてきて、やりがいも感じるようになってきました。

本当に辛かったし、何度も泣いたし、情緒不安定になったり、ストレスで生理がこなくなったこともありました。でも会社を始める、ビジネスを始めるってこういうことなんだ、というとても良い勉強にもなりました。

フィリピンで出会った人たちが面白かった

そして、自分自身が起業する大きなきっかけになったのが、フィリピンで出会った人たちです。

フィリピン人だけでなく、英語学校に通っていた日本人生徒さんたちとの出会いが大きかったです。

私が働いていた英語学校は、日本人のビジネスマン向けの英語学校だったので、生徒は全員社会人。中には会社の幹部や経営者も多く、週末の飲み会では社長さんとお話しする機会もたくさんありました。

そこで、起業している人が身近にいる環境が出来上がったんです。

人って本当に不思議なもので、周りの環境次第で可能性・方向性がどんどん変わってきます

若くてもフリーランスとして起業している人たちが周りにいると、不思議と自分にもできるかもしれないという気になってくるのです。

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【3】世界のどこにいてもできる仕事

フィリピンでのベンチャー企業経験と、起業している方々との出会いで、一気に「起業すること」を身近に感じることはできました。

でも、だからといって「さぁ起業しよう」とはさすがにならないですよね。そもそも何の仕事で起業すればいいのかもわからないし。

フィリピンで出会った人たちは本当に尊敬できる人たちばかりでしたが、逆に周りがすごすぎて自分なんか起業のレベルじゃない・・・と思い知ったくらいです。

ターニングポイント(3)カナダでのワーホリ

フィリピンでの1年の任期を終えた後、まだ海外での生活を続けたいと思っていた私は、大好きなカナダへワーキングホリデーでの渡航を決めました。

ただ、フィリピン時代が安月給だったため、ワーホリ資金も少なく、渡航してすぐに働き始めないと生活ができないレベルでした。

そんな時に声をかけてくれたのが、現在のビジネスパートナーでした。

実は今のビジネスパートナーと出会ったのは、カナダではなくフィリピン。元々フィリピンの英語学校の生徒だった方が、ウェブ系で起業するから記事を書く仕事をしてみないか、と誘ってくれたのがきっかけです。

これが、私がライターになったきっかけです。

とは言っても、彼(ビジネスパートナー)も起業したばかり。ウェブサイト作成・運営などをメインでやっていましたが、まだ成功する兆しがなかったので、まずはやってみる、とのことで私に声がかかったのです。

私に声をかけてくれた理由は、ライターなら海外にいても記事が書ける、しかも留学系の情報発信は現地にいる人が強いということ。ただ、いきなり記事の報酬は出せないから、100記事は無心で、無給で書いてほしいとの依頼でした。

ぶっちゃけ賭けだと思います。無給で100記事って。どんなボランティアだと。人様のウェブサイトのために労力費やして100記事書くんですよ?フツーはいやでしょ。

自分のためにやってみる

でも、私はやることにしました。

  1. 留学情報の記事を書くことは自分のためにもなると思った
  2. 続けることが苦手な自分を変えたかった
  3. その人を信用したいと思った

これが理由です。シンプルです。

こんな経緯から始まった私のライティングのキャリア。無心で書いた結果、約半年で100記事執筆を達成し、ビジネスパートナーとしての信頼を得ることができ、それ以降はお金をもらって記事を書くようになりました。

【4】結果としての起業

カナダでのワーホリ生活を楽しみながら、実は水面下で動いていたのが沖縄移住の話。

えっ、なんでいきなり沖縄が出てきた?とびっくりすると思いますが、実はライティングのキャリアと同時に、女としての大きなターニングポイントもカナダで迎えていました。

フィリピンに行く前に別れた元彼が、なんとカナダまで会いに来たのです。しかもサプライズで。彼にとっても相当な賭けだったと思います。

その彼の出身地が沖縄で、仕事を休んで年末年始にはるばる沖縄からカナダまで会いに来て、結婚を前提にもう一度付き合ってほしいと言ってくれました。

元々嫌いになって別れたわけではないし、彼の人間性はとても好きだったので、この行動力により単純にも私の乙女心はウチナンチュ男子に持っていかれたわけです。

(なかなかこんな情熱的な性格のウチナンチュの男はいないと周りは絶賛でした。)

ターニングポイント(4)沖縄移住

ということで、1年間のカナダでのワーホリ生活を終え、やってきたのが南の島・沖縄。

ここ沖縄が、私が起業にいたる最後のターニングポイントとなります。

沖縄に来てしばらくはカナダの時から引き続きライティングのお仕事をこなしつつ、県内でのバイトも経験しました。

そして実際に自分がバイトをしたり、彼氏(今の旦那)の給料明細を見て痛感したのが沖縄の賃金の安さです。

今もらっているライティングの仕事を続けた方が、現地の企業で働くよりも割に合うと感じたので、ライターを本職に選びました。

ビジネスパートナーも当時は個人事業主で人を雇う予定もなかったので(今は法人成りしています)、結果的に私自身も個人事業主として起業して、フリーランスのライターとして報酬をもらうという形を選ぶことになりました。

 

実際、フリーランスの中には、私のようにやりたいこと・やるべきことが見つかって、結果的にそれが起業という選択肢になった、という人がとても多いです。

もしくは、自分がやりたいことをまだ他に誰もやっていなかったから、起業という選択肢しかなかった、という人も多いです。

 

こんな風に「起業したい」が先にくるのではなく、「○○をしたいから、そのために起業する」という方がしっかりとしたビジョンを描けるでしょう。

 

こうして私は起業に至ったわけですが、個人事業主として開業するのはめっちゃ簡単。税務署で3分です。カップラーメンです。

でも、問題は起業した後。むしろここからが本番です。

次回は、収入も精神も体力もまるでジェットコースターのように激しく変動した1年目〜2年目について詳しくお話ししたいと思います。

・・・続く▶︎私はこうしてフリーランスになった:2|自分との闘いってこういうことか

私はこうしてフリーランスになった:2|自分との闘いってこういうことか第1回目の『私はこうしてフリーランスになった:1|起業という選択肢があるよ』の記事では、私がフリーランスに至るまでをお話しました。 ...
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